谷口巳三郎氏エッセー「熱帯に生きる」より

わたしの卒業式
 私は今日の式典の主催者であるから第一礼装に準じた服装で臨まねばならないと思い、年に1、2回着るか着ないかの背広に、結び方も考え考えして結んだネクタイをつけて臨んだ。参列者は来賓も父兄も含め背広姿は私独りであったが、日頃、着古し色褪せたカーキ色の作業衣姿の私しか目にしたことのない生徒の目にはどう映っただろうか。
 教務主任のビンの司会で終了式が始まった。彼から Dr.Taniguchi と指名される。農場長として第1番の挨拶である。
通訳はビン。私の思いをどこまでタイ語に訳してくれるだろうか。私にタイ語が出来ないこと、そして外国人であるというハンデーの上で重要な会を進めなければならないもどかしさはこの様な時に常につきまとうもので致し方ないものであるが。
 私はベニヤ板張りの舞台へ上がり、マイクを手に持つと「こんにちは、皆さん」と挨拶をし、続けて右手の指を3本上げ「300日」と言った。そしてこの300日の説明をした。「諸君が我々の21世紀農場で学んだのは去年の6月1日からで、今日まで10ヵ月即ち300日過ぎました。今日は研修が終わりサヨナラの日です。諸君は300日前、四つの物を下げて21世紀農場の門を潜りました。その四つの物とは何か」
 私は右の人差し指を立てた。「一つ目は鍬であります。諸君は田畑を耕す基本的な農具タイの重い鍬を肩に担いでやって来ました。」
 次に2本目の指を立て、「次は野菜に水をかける如雨露です。」
 3本目の指を立てると、「三つ目は御飯を食べる時に使うアルミの食器です、片手の手にしっかり持って来ました。」そして私は両手で丸い食器の恰好を示した。(この食器はタイの学校給食で使うポピュラーなアルミ製の直径30センチ位の中が四つに仕切られた皿盆で、これ一つに飯、汁、煮物などが盛られる。)
 「では四つ目は何か、それは不安と警戒心で落ち着かぬ目でキョロキョロあっちこっちを見回すひ弱そうな青白く幼い顔でした。」
 以上の三つの用具は、実際には一纏めにして学校の車で農場に持ち込んできたものであったがこの様に表現しても可笑しくない今日のタイの農民にとって生活に必須の三種の神器だけを持たせただけで、21世紀を生きる新しい農民たらんと我が21世紀農場に研修の場を求めた新入生徒に我が農場の門を潜らせた学校当局の真意は奈辺にあったのか、人によって見方、考え方は様々であろう。
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